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──誰もがその国を楽園と讃えた。
 
 美しく揺れる緑。柔らかく降り注ぐ光。騎士王が治める豊かなその国の名は聖都ハーヴェン。
 凛々しい王と、七人の騎士。
 彼等が護る国が侵される等と誰が思っただろうか。危機感が欠落していたと言われればそうなのかもそれない。己の力を過信していたと言われればそうなのかもしれない。
 しかしその国は確かに平和で笑顔に溢れていたのだ。
 
 母を呼ぶ幼い天使の声が街に響く。歌っているような美しい声に住人達も笑顔で幼子が母親に向かって駆けていく姿を見守っていた。
 いつもの光景。穏やかな日常。
 しかし次の瞬間、幼子の瞳に写った光景は日常では無く絶望だった。突然降り注いだ紫の炎が母を包む。まるで獣のような叫び声が幼子の鼓膜に響いた。理解を拒んだ脳が体を動かなくさせているその間にも、母を飲み込んだ炎は次から次へと街に降り注ぎ、悲鳴がそこかしこから上がっていた。
 
 突如として失われた平和。
 
 混乱に襲われ逃げ惑いながらも住人達は弱い者へ手を差し伸べる。此処は聖都ハーヴェン。光や正義が集う街。他者を押し退けてでも逃げる者が少ない事が、皮肉にも国を滅ぼす結果となってしまった。
 
 呆然と地獄を瞳に写していた幼心の手が引かれる。知らない騎士だ。名前も知らない。存在も知らない。それなのに必死に助けようとしてくれている。
 
勝手に溢れてくる涙に唇を噛み締めた。
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